◆熊除けベルを鳴らしてオオゴマ採り

 ゴマシジミもいいけどオオゴマはもっといいよ、という複数の友人の感想を聞いた。さらに聞いてみて判ったことは、オオゴマは山奥に棲むらしい。“これは是非見てみたい!”という好奇心を抑えきれず、長野県在住の友人であり、私のパソコンの師匠でもあるK氏にお願いして案内していただくことになり、8月のせみしぐれの中、暑い暑い関西を脱出して特急「ワイドビューしなの」に乗り込んだのであった。

 行く前から、深山の沢の源流でかなりの時間と距離を歩くことになる、とは聞かされていたのではあるが、いざ車で上がれる限界まで行って、さあこれから歩きという段になって、「はい、これを身に付けてください」と渡されたものは、四国霊場めぐりのお遍路さんが持つような鈴というかカネというかベルであった。

私、「何、何ですかこれは?」

K氏、「いやいや、熊除けのベルですよ。営林署の御用達のベルですから効果抜群です。」

私、ゴクッとつばを飲みこんで「よく出るんですか?」

K氏、「たまにはね、出会い頭はあぶないからね」

私、「・・・・・」

かくして車をはなれ、チリンチリンと腰に付けたベルを鳴らしながら、一応幅のある山道を歩き始めるのであった。徐々に高度を上げ、数km進むころから切通しの崖の崩落個所が連続するようになり、ふと見上げると、いまにも崩れそうな岩がごろごろと頭の上にあるではないか。「こんなところにツマジロウラジャノメがいるんですよ」とK氏。ツマジロウラにもお目にかかりたいが、こんなところに長居はしたくない、というのが本音であった。そうこうしているうちにますます道は荒れてきて、ヤブこぎも始まり、道だか何だか判らなくなったところが“道の終点”であった。

と、思った瞬間何か青いシジミが視界を横切った。「あれがオオゴマですよ」とK氏。う〜ん、確かにゴマとは違う、ゴマより速く高く飛ぶ。気持ちの高ぶりからか、なかなかネットに入らない。落ち着け!落ち着け、と自分に言いきかせやっとのことでネットイン。薄いブルー地の裏に黒い斑点が実に鮮やかな、真さに“大胡麻”であった。

K氏、「ここより上流の方がいいですよ」

私、「上流?道なんかありませんけれど」

K氏、「そこにあるでしょ」

 彼が指差した先には急流の脇のブッシュ、ガレ場、倒木しかなかったが、よくよく目をこらすと確かに踏み分け道のようなものがある。

私、「ここを上がっていくんですか?」

K氏、「はい」

え〜い、ままよ、と足を踏み入れた数10m先に2コ舞。気ばかりあせってすべってころんで前に進まない。やっと目指した場所まで来たら、もうそこにはいない。周囲を見渡せば、はるか向うのもと来た道の上を飛んでいる。こんな足場の悪いところをやみくもに動きまわってばかりでは疲れるばかりか、怪我をするおそれもあって、一箇所に腰を落ち着けて“待ち”に作戦変更したところこれが大当たり。目の前をたくさん横切って飛んでいく。採集・写真撮影と夢のような時間が流れていく。“至福の時間”とはこれをいうのであろう。8月の深山の早朝の出来事であった。


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