◆鹿の脚は惨劇の前触れ

 フィールドを歩きまわるとき最も必要なものは何か?答は簡単、もちろんそれは体力である。6月などは朝6時から夕方7時まで山にいることもあり、但馬までの片道移動時間の二時間を朝夕おのおの加えると自宅を出て戻るまでに連続17時間の活動ということになる。
 体力維持(*この歳になると向上はしない)のため秋から冬にかけて、ちょっとだけ真面目にマラソンに取り組んでいるのである。マラソンといってもフルではなく21kmのハーフであるが・・・、それでもって年に一度の晴れ舞台は12月23日の天皇誕生日に開催される地元の大会であり、この大会に出始めてかれこれ10年になる。マラソン経験者なら誰でも知っていることだがハーフマラソンとなるとやはりそれなりの事前練習が必要なのだ。日頃何もしていなくてぶっつけ本番で走り通せる距離ではない。前置きが長くなった。今回の話を始めることにしよう。

 マラソンのトレーニングコースとしていくつか決まった場所があるのだが、その中で最も気に入っているのが一周約10kmのダム周回コースである。大会の一週間前12月15日にここで最終調整を行なったときのことである。冬のはしりの小雨がそぼ降るあいにくの天候の下、他に誰も走っていない状況で黙々と1kmごとのラップを確認しながらひたすら走り込んでいた。周回道路の一角に芝生の公園があり、ここに浮浪者と思われる数人がテントを張って、また放置された車の中で生活している場所がある。その浮浪者が護身のために飼っているのか、たまたまそこに住み着いているのか判らないが多くのノラ犬もたむろしているのである。
 周回1周目を終えようかというときに道端に大型動物の膝から下の脚がコロンところがっているのを見つけた。一瞬“ギョっ”としたが、すぐに日頃フィールドで出遭う鹿の脚であることに気がついた。「あ〜これは鹿やな〜、珍しいな〜、脚より角の方がよかったのにな〜、今日のワンショットにでも使うかな〜・・・」などと考えをめぐらし始めたのであるが、1周終わって目標タイムよりかなり遅れていたので、「これではアカン、もっとペースアップしないと!」「足は上がっているか?手は振れているか?歩幅はどうか?・・・」などのチェックポイントを再確認し始めたため、先ほどの鹿の脚のことなどすぐに忘れてしまった。
 2周目に入りタイムも徐々にアップ、“好調好調”とほくそえみつつ、これならもう1周やってみるか、などと考えていたのであった。そして二度目の芝生広場に差し掛かった。私が近づくにつれテントの横で寝そべっていた大きな白い犬がむっくり起き上がり、私に向って駆け出した。「なんや、繋いでないんか、今はトレーニング中やから愛想しても頭なんか撫でてやらんぞ」などと根っからの犬好きである私は考えたのであった。でも!しかし!どうも様子が変だ!先頭の犬につられて他の黒犬、赤犬、ぶち犬、ちび犬などが一斉に駆け出した。そして敵意むき出しにして猛烈に吠え掛かってきたのである。今にも飛び掛ってくるかのように!
 そのとき、ハッっと気が付いた!納得した!合点がいった!鹿の脚が転がっていた理由が!!・・・こいつらが襲って喰ったのだ!!ヤ、ヤ、ヤバイ!!これだけの数ならやられるかもしれない!死死死死・・・!背筋に冷たいものが走った。いまだかつて発したことがないほどの大声で「ギャー〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」と叫びつつ、アキレス腱をやられないように腿を高く上げ走りに走った。この絶体絶命のピンチから一刻も早く脱するべく必死に走った。これまで18km走ってきているので気ばかり焦って肝心の足が付いてこない。100m走ってもまだ追ってくる。追ってくる犬の数は減ってはいるようだが立ち止まって確認できる状況ではない。200m走った。さすがに追ってくるヤツはもういない。助かった!でも油断禁物、いつ何時また追ってくるかもしれないので最後の力を振り絞って走った。ようやく車にたどり着いた。我に返り時計を確認したところ、そこにはいまだかつてなかった驚異的なタイムを示していたのであった。
 
 追記:山奥ならともかく郊外のピクニックコースのようなところで善良な市民ランナー(*私のこと)が野犬に襲われかけるなどということがあってよいものか!?断じて“否”、翌日仕事場からこの怒りをぶつけるべく役所に電話をかけまくった。案の定、「こちらは管轄外、どうぞ○○へ」とか、「以前から苦情がきているのですが・・、白い犬は繋いでなかったですか?我々がパトロールするときはいつも繋いであるのですが・・・繋いであるとこちらとしては手の打ちようがなく・・・」とか、「ダム本体の管理は△△なので・・・」ざっとこんな感じであった。今日もここには野犬がたむろしている。事故が起こらないことを祈るのみである。


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